かつて准看護師として4回の短期離職を経験した稲葉さん(51歳)。
放置や不十分な教育体制、「使えない」という烙印、さらには医師不在での危険な医療行為に違和感を抱き、1ヶ月単位での退職を繰り返しました。
しかし、「手にする資格で人生を変える」と一念発起し、30代で正看護師の資格を取得。
現在は総合病院の看護師として11年以上勤務し、年収520万円と安定した生活を築いています。
数々の挫折を乗り越え、人生のターニングポイントを掴み取った彼のリアルな軌跡を伺いました。
Zターン編集部稲葉さん、本日はインタビューにご参加いただきありがとうございます!今日は当時のリアルな思いをお聞かせいただければと思います。
Zターン編集部稲葉さんは現在、総合病院の看護師として11年も勤務されているとのことですが、准看護師時代には4回の短期離職を経験されたんですよね?
稲葉はい。アルバイトなども含めるともっと多いのですが、准看護師になってから4回ほど短期離職をしています。
Zターン編集部もともとはどのような経緯で医療の世界に入られたのですか?
稲葉最初は病院で無資格の「看護助手」として働いていました。その時の看護師長さんから「まだ若いから学校に行ったら?」と勧められたのがきっかけです。
Zターン編集部現場で働きながら、資格の必要性を感じる場面があったのでしょうか。
稲葉すごくありましたね。同じ病棟で働いていても、夜勤手当が看護師は1万円なのに助手は5,000円だったり、看護師さんがカルテを書いている横で、無資格の私は走り回っておむつ交換ばかりしていたり……。「やっぱり資格があるのと無いのとでは全然違うな」と痛感して、31歳で准看護師の学校に通い始めました。
Zターン編集部准看護師の資格を取得されてから、最初に就職された病院はいかがでしたか?
稲葉そこが一番やばかったですね(笑)。放置に近い状態で、教育制度が全くありませんでした。助手時代とは違う重度の病棟に配属されたのですが、先輩がマンツーマンで教えてくれるようなプリセプター制度もなく、「技を見て学べ」というスタイルで。
稲葉2週間くらいで「全然使えんな」と使えない烙印を押されてしまいました。それに加えて、現場の医療行為もかなりズサンだったんです。
稲葉 本来なら医師が鼻から管(胃管)を入れて、レントゲンで確認してから経管栄養の液体を注入するルールなのですが、そこは医師が不足していて、看護師が勝手に管を入れてレントゲン確認もせずに注入していたんです。今考えると恐ろしい環境でしたね。
Zターン編集部それは患者さんにとっても、働く看護師にとっても危険すぎますね。
稲葉はい。結局その病院は1ヶ月で辞めました。その後も教育体制のない赤字病院などを経験し、短期離職を重ねてしまいました。
Zターン編集部その後、正看護師の資格を取るために進学されたのですね。
稲葉はい。准看護師と正看護師では求人の数や待遇も全然違いましたから。病院から奨学金を借りて夜間の看護進学コースに3年間通い、36歳頃に看護師免許を取得しました。奨学金を借りて勉強したこの3年間が、自分の人生で一番頑張ったターニングポイントですね。
Zターン編集部その後、今の総合病院に出会われたきっかけは何だったのですか?
稲葉京都のナースセンターに相談したことです。最初自分で病院に直接電話した時は「今年の募集は締め切った」と断られたのですが、ナースセンターを通したら翌日に「明日面接しましょう」と電話がかかってきて、すぐに決まりました。
Zターン編集部ルート1つでそんなに変わるんですね!現在のお仕事は11年目、年収も520万円ほどになられたとのことで、本当に素晴らしい着地です。
稲葉採用された時は「どうせすぐ辞めるやろ」と思われていたと思いますが(笑)、家庭や住宅ローンを背負ったこともあり、しっかり定着できました。
Zターン編集部最後に、今短期離職や退職で悩んでいる若手の方へアドバイスをお願いします。
稲葉最近は退職代行などが流行っていますが、あれは使わないほうがいいと思います。入社する時は自分の声で入ったのだから、辞める時も自分の声で伝えるべきです。一日二日でバックレたり他人に任せたりして逃げ癖をつけると、人間ダメになってしまいますから。
Zターン編集部自分の足で立ち、行動し続けてきた稲葉さんだからこその重みがあるお言葉です。本日はありがとうございました!
4回以上の短期離職という遠回りをしながらも、諦めずに学び直したことで、現在は勤続11年・年収520万円という大きな安定を手にされています。「退職も自分の声で伝えるべき」という言葉の通り、自らの意思と責任でキャリアを切り拓く姿勢は、短期離職に悩む多くの読者にとって強い刺激となるはずです。